2017年9月23日土曜日

ピアノ演奏は肩と手首が9割!?

 音楽で身を立てている人たちの中でも、既に還暦を超えた大家がゆうに40分を超す協奏曲を弾き切っている姿を見て不思議に思ったことはないだろうか? いったいどこからあのような体力があるのだろうか、と。

 少し前に、テレビを見ていたら、ある還暦を超えた元プロ野球選手が、体力測定を行ったところ、小学生高学年レベルの結果を残したということで、医師たちを驚かせていた。やはり加齢による体力低下は著しいものがあるようだ。これはピアニストにであっても例外ではないだろう。体を使うと言っても、一般的な肉体労働と比べればその運動量は少ないので、むしろ、加齢による体力低下はデスクワーク中心の人々と同じ程度のものであるように思われる。つまり、若者に比べて体力的に圧倒的に劣る老大家が、大曲を弾きこなすことができるのは、その方法によるのである。

 私は、大家の教えを乞うことができる身分ではないので、映像を見て方法を探ることが出来ないのであるが、やはり、助言というものが一番分かりやすいらしい。
 2016年に発売されたポリーニの自伝風インタビュー映像の中で、有名なショパンコンクールでの逸話についての一節がある。ルービンシュタインの「この中で彼よりも技術を持った者がいるだろうか」云々の話だ。世界の短慮な愛好家たちは、世界一のピアニスト誕生を意味するものとして受け取ったが、ポリーニは、まず、一種の嫌味として、あるいはルービンシュタインの勝利宣言として、受け取ったのである。「いや、それは技術に限った話にすぎない」。しかし、どうやらルービンシュタインは公にはあのように言ったものの、ポリーニの演奏での体の姿勢にも問題を見つけていた。肩をたたきながら、彼に次のような事を言ったそうである。「君、肩から弾くとどれだけ弾いても疲れないよ」。ポリーニはこの老大家の忠告とエールをうけて、数年の間、研鑽に努めることになる。


 『ピアノ技術の基礎(Fundamentals of Piano Technique: The Russian Method)』という本がある。アカデミア・ニュースでたまたま見つけた本で、初版は1953年、2017年(2016年?)に第2版が出版されたものらしく、半世紀を超えるロングセラーである。副題は「ロシアン・メソッド(ロシアの方法)」とあり、賛同者には、アラウ、ホロヴィッツ、カーソン、カペル、ラフマニノフなどが名を連ねる。筆者コニュスは、ラフマニノフとも交友があった、合衆国のシンシナティの音楽学校の教授である。

 なるほど、正当性や賛同者、筆者の肩書が完ぺきで何の役にも立たない資源ごみの類の教則本など腐るほど出版されていて、今でもそうだ、後を絶たないと言ってよろしい。弟子にでも買わせるのだろう。下らない権威主義はそれだけで非難の対象としては十分である。しかし、役に立ちそうにないのは権威主義のためではない。これらの本の欠陥は、美しい音を定義するところや、人体の医学的学問の観点から論じているところにあるのだ。問題の立て方に誤りがある。

 そもそも技術とは、人間の自由を広げ、妨げとなる障害を克服し、またそれらは科学的(反復可能性が極めて高いくらいの意味だが)であり、もって福祉の向上につなげるものである。観念的な美というものは、技術の働きの後に現れる音楽が耳において発見されるものであり、筋肉や骨格の構造の理解は、医学の発展には寄与しているのだろうが、ホロヴィッツが嘲笑しているように、手の動かし方を教えるものではない。赤子に歩き方を教えるのに骨格がどうのと説く人間はおるまい。問いは、任意の音を出すための方法(手や腕の動かし方)とは何かであり、また、演奏による疲労を抑える方法とは何か、である。

 その点、この本は単純に鍵盤のいじり方のみを指南しているので有益である。少なくとも、実験の対象とする価値はあるだろう。この本が重視するのは手首の動かし方である。鍵盤に対して上から望むか下から望むかなどなど。基本的な技巧が12頁で終わってしまうのが、なんともさびしい感じがするのだが。それ以降は、三度やオクターブなど一般に難しい手の動きのための練習案が続く。

 ところで、この手の本に日本語訳が一度もなかったところに、我が国のピアノ教育の質が現れているのではないか? 版権費用が異様に高いという事情があるのかもしれないが。値段は1,700円強。なんと電子書籍まである。おためしあれ。

2017年8月29日火曜日

作曲者によるダフニスとクロエのピアノ独奏編曲

Ravel: Daphnis Et Chloe / Stravinsky: Petrouchka

Accord (2001-09-24)
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 Wikipediaによると、このダフニスとクロエの出版はピアノ譜からだそうで、と言うことは作曲者によるピアノ編曲が存在するということ。わざわざこんな言い方をするようなことでもない気がしますが、ラヴェルの管弦楽曲のピアノ版(逆の物もあるが)は、演奏会で取り上げても遜色ないものが多く、それどころかピアニストの主要レパートリーの一角を占めるほどです。そんな中で、今の今までなかなか取り上げられなかった。であるから、存在自体に驚いているのです。それに、なんといったって、あのダフニスとクロエですから。

  編曲は抜粋で、ラヴェルがピアノ的であるとは判断した箇所を選んでいる模様。さすがに第三幕の雄大な部分をピアノでやらせようとはしていません。

 楽譜はIMSLPにありますが、安定感のないデータなのでお勧めできません。と言っても下記の出版譜も、譜読みに問題はないとはいえ、21世紀とは思えないFAXのような印刷で、解説校訂報告はありません。録音もある icon

 追伸

上で『ダフニストクロエ』のピアノ・ソロ版は抜粋のものしかないと書きましたが、全曲版が存在するようです。楽譜は、アマゾンで見つけました。[chant & piano]の表記が気になるところであるとともに、高価なもののようなのです。


Daphnis Et Chloe - A Score for Solo Piano (1912)
Maurice Ravel
Bowen Press
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2017年2月5日日曜日

【録音】ショパンのマズルカ遺作第4番(WN24、旧作品68-1)をうまく弾きたい! 第3回



弾きました。



 最近、前奏曲を弾いています。ショパンの作品28-3です。左手が忙しい曲で、今までそういう曲を触ったことがなかったため非常に新鮮です。その影響か左手の安定感が若干増したように思われます。

2016年10月21日金曜日

【部分録音】ショパンの英雄ポロネーズが弾きたい! 第2回



半音階の歌曲風の部分以外は仕上げ入り



    この程度の腕前で、よく「英雄ポロネーズが弾ける」と言えたものだと考えた人も多いのではないでしょうか。録音であればそういうことになりますが、実際にはもっとハッタリが効きます。そんなものには頼りたくありませんが。

    英雄ポロネーズは、よく取り上げられるとともに、大柄な楽曲と言うイメージがついて回っているため、大雑把な演奏に出くわすことが多く、それでそれなりの効果が出てくれるので、楽譜に書き込まれた細かい(場所によっては細かすぎる)指示を見落としがちになります。ショパンの記譜を信じることは、彼の演奏家としての腕前を信じることと同義です。演奏家としてかなりの上で前を持っていたショパンの現場での経験を信じてみるのは、無駄なことではないでしょう。実現にはより多くの困難を伴いますが、意外な発見があるかもしれません。私はこのように書きながら怠惰な自分に細部まで仕上げるよう説得しているのです。



課題と演習



1. 休符無視

    第一音目と第二音目の間のことです。休符を無視したならば、入れてしまえばよいのですが、独学者にとってつらいものの一つに、リズムの取り方があります。指導者をつけての正しい休符の取り方(算術的な物理学的な無音の感覚を正しく把握する方法)は、基準や知識としてほしいものです。でなければ、例えば、この場面にしても「しっかりと伸ばす」程度の対策以外に手の打ちようがありません。独学者はすべての休符にフェルマータをつける羽目になります。指導を受ける機会に恵まれた方は、知識としてでも覚えていた方がよいように思われます。人間の時間感覚は誠あてになりません。食中毒を避けるために、料理でストップウォッチを使うようなものです。

2. 繰り返される音型の数え間違い

    暗記あるのみです。以下の譜例の個所以外にも、左手でオクターブが繰り返される場所や、別の曲だとノクターンの第2番のトリルの個数の間違いは、結構あるようです。知っている人にとっては、気持ちが悪いでしょう。

3. 第一主題の畳句にあたる部分が固い

    ここは左手の手のひら気がやや複雑で弾きにくい場所ですが、弾いた経験のない人間にとってみれば、弾き手の事情など推察できない所で、音の混濁は一切の熱狂を醸すこともないただの耳障りでしょう。加えて、この楽曲の中核を担う第一主題の提示部中にくみ組まれているという事情も重なって外せない難所となっております。エキエル版にも特に凝った運指が載っているわけではなかったので、慣れるほかないようです。ルバートとペダルでごまかすのも手段の一つでしょうが、それにはより器用なバランス感覚がいるようにも思われます。相手はショパンの楽曲の中でも最も有名な一節の一つです。

4. しつこいリズム強調

    これも第一主題提示部での話。譜例のスタッカートが付いているオクターブ二つを、私はそのスタッカートを意識して強調し弾いています。録音を聴いて初めて知りましたが、やたら耳に付く。主題の空白を埋めようとやっていたことですが、やり過ぎはよくないということなのでしょうか。

(譜例)

5.第一主題のオクターブによる変奏

    英雄ポロネーズの中で最も有名な部分です。三回登場します。どこかで簡単で数時間もあれば弾けるようになると書いてありましたが、単純にオクターブ+1をたたいていれば良いものではなく、後半の装飾音が付く八分音符の部分が厄介です(譜例赤枠)。運指の工夫には限界があり、どうしても腕の細かい運動や手の姿勢を素早く変える運動が加わるのです。これはもう慣れるほかありません。

(譜例)



6. 意図しないルバートの排除

    一定のリズムが続く場面。左手の方が忙しいのですが、暇な右手はルバートをやっていたようです。ここは、正確にリズムを切ることを念頭に置いていた方が良いのでしょう。



7. 白鍵盤のみの3オクターブ級アルペジオ

    よく白鍵盤のみで構成された楽曲は楽だという話がありますが、楽譜の読み取りが簡単なだけで、ある程度の速度が出ている場合、黒鍵盤が混ざっていなければ手の開きを要求され、手の回転に頼る慣れない処理が必要のようで、やたらと難しくなります。これはその典型的な例と言えましょう。コーダで再び3オクターブ級のアルペジオが現れますが、指によく馴染み。やたらと簡単に感じます。

運指は、オクターブを一つの塊と見て左端を各手の左側の指に、同様に右端を各手の右側の指となるように組んでいました。芸のない構成のためか、意識して探してもどこにも載っていませんでしたが、エキエル版には例の一つとして載っていて、異端ではないことを確認しました。

(譜例)



8. 装飾音を一つ忘れる

    決然とした律動とテノールの歌がたくましい、英雄ポロネーズでもっとも簡単な部分ですが、ここにも傷がありました。

(譜例)



9. 旋律の崩壊

    左オクターブが非常に忙しい部分です。話題にされたのは見たことがありませんが、右も跳躍がちりばめられ、単純な力技でも何とかなる左に対して、精密な技が要求される部分と言えましょう、決して簡単な部分ではありません。左手が速くなればなるほど難しくなって行きます。個人的な難関は、親指で長1度のリズムを刻みながら3,4,5で旋律を形作る部分です。うまく引けた試しがありません。解決策もわからないまま今日に至ります。各指の分離が鳴っていないのは確かと言えましょうが。

(譜例)



10. 装飾音で止まる

    ここから第1主題回帰まで全般に言えることですが、記憶があいまいです。そのうえ複雑な指の動きが現れるとなると頭から指にかけて支持信号に渋滞が生じて、音に現れてくるというからくりで、まぁ、要するに練習不足です。これは数をこなすのが最適解でしょう。装飾音が付いている音のみ右手で、それ以外を左で採ることもできなくはないですが、凝ったところで事故が増えるだけでしょう。

(譜例)



11. コーダの3オクターブ級アルペジオ

    白鍵盤のみと構成されている物に比べれば楽ですが、アルペジオはどんなものでも気が抜けません。少なくとも私はそうです。今回聞いてみて、そこまで速度は必要ない(早すぎて前のめりに聞こえた)ということが分かり、余裕をもって狙い打てるとともに、運任せの左手のオクターブ級の跳躍に注意を振る余裕を持たせようと思いました。

(譜例)



ふりかえって

    課題を挙げると、固くおさまっていく傾向にあるようです。しかし、ショパンが言うように、最終的には「音符を五線譜から解放」させたいです。
Polonaises, Piano Wn a VI, Op. 26, 40, 44, 53, 61

Pwm
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2016年10月9日日曜日

【録音】ショパンのマズルカ遺作第4番(WN24、旧作品68-1)をうまく弾きたい! 第2回


仕上げ段階に入ったか?


    ここには全然書いていませんでしたが、この曲とはずいぶんと長い付き合いです。どこが難しくて、どこが簡単かも知り尽くしていると言っても、まぁ、許されましょう。こんなつまらない録音をアップロードしていたところで、この楽譜に沿って指を動かしてみれば、それくらいのことはわかります。そしてそのこと同じように取り組んでみれば誰にでもわかります。しかし、ミケランジェリの弾くこの曲の美しさの秘密はいまだに謎のままで、ピアノという楽器の奥の深さと、音楽芸術における完成度(ミケランジェリの音楽は決して衒学的ではありませんが、一観衆としての愉しみはこの際問題にしません)の底知れぬ感じも触れてみなければわかりません。

    時代も流れて、この曲の扱いも変わりました。ポーランド国定ショパン原典版楽譜通称エキエル版では、今まで作品68-1として扱われていましたが、新たにWN24という整理番号とマズルカ遺作第4番という位置づけをされての再出発となりました。作品番号からは除外となりましたが、ほとんど傑作集と言って過言ではない遺作集(なぜ生前に出版されなかったかわからない楽曲を集めたという意味ですから)入りと、運指が多く追加されているところを見ると、むしろ扱いがよくなったのではないかと思われます。快活さと歌の魅力が両立したショパン初期の傑作の一つとして、これから多くの人々に愛好されると、愛奏人の一人としてもうれしいことです。

課題の列挙


    さて、上の録音で満足いくわけがありません。少しでも完成度を高めるために問題点を指摘して課題を設定します。

1.    全体的に和音が不ぞろいである。

録音してみないとわからないことです(録音してみると残酷なまでにはっきりときこえるのです)が、いい加減に弾いているならともかく、そうでなくとも音はそろってくれません。

対策として、以下のことを実践する。

①全音符に対し、ちょうど液体が容器の細い隙間にまで注ぎ込まれるように、意識を指先にまで流し込むような態度でもって鍵盤に触れること。

②和音は個別に揃った時の音と、指の感触を確認し、把握する事。そして、把握した音を各々自由に引き出すことができるようにすること。

関連して、以下譜例の部分の改修をした方が良いような気がしました。


ミケランジェリでは、和音全体が不思議なテノールを響かせて対旋律のように扱っていました。これを導入したいです。

2.    意図しないテンポルバートの排除

手が忙しいなどの理由で、無意識のうちに、楽曲の中に句読点を打ってしまうことはよくあります(私だけかもしれません)が、これはその典型例と言えましょう。四分音符が二分音符ほどの長さとなってしまっています。


 ただ、一方で、オクターブが続く部分とその後では、明らかに音楽の性質が違うので、何か区切りが欲しいところです。ペダルを離して、リズムを変形させずに聞こえるか聞こえないかの無音を挿入するのが良いのかもしれません。この記事のために初版を編集する際に楽譜をよく見たら、ペダルを離せとの指示がありました。精読が足りない証拠です。

3.    A部分のルフランの整備

2.と似たようなものですが、この曲最大の難関と言っても過言ではない、A部分の締めくくりです。見た目は地味ですが、やたらと弾きにくい。しかもAが現れるたびに必ず現れます。通しで弾くことのできるようになるまでは、この一小節を延々と練習していたような記憶があります。


あまり期待していませんでしたが、エキエル版での運指の工夫もなく、私がいつも採用している指の動きが書いてあるだけでした。もう回数を重ねる以外に上手くなる方法はないように思われます。コツは、左手のリズムを前小節と全く同じ感覚で切ることです。そうするとおのずと課題が見えてきます。弾くことができた暁には自在な手の開きが可能となっていることでしょう。

4.    B部分を無理なく歌うように

Bの部分でWN24に取り組み始めたという人もいるかもしれませんが、なかなか厄介な部分です。しかも、一度しか現れません。つまり、自己満足の範囲であろうと失敗が許されないのです。指が忙しいのは、以下の部分。最後の跳躍は運が絡むというほかないです。
エキエル版が救世主のような運指を提案してくれました。ドイツ初版にもありました。

 tr(エキエル版の注によればマズルカでのtrはwを意味するのだそうです)は相変わらず忙しいままですが、譜例の第二小節目が無理なく歌えるようになったのは大きいです。使わない手はないでしょう。

いろいろ書きましたが…


    結局は、練習によって頭と手に覚え込ませなければ、音になってくれないのです。机上でできることと言えば、練習時間を減らすという一事のみです。

つづく

ショパン : マズルカ集/エキエル編 (ポーランド語版)/ポーランド音楽出版社/ピアノ・ソロ

ポーランド音楽出版社 (2010-03-01)
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