ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲の作品130に含まれているカヴァティーナという楽章があります。同作曲家の第九交響曲の第三楽章を超える吸引力で陶酔を誘う途轍もない曲です。後世の作曲家は、この曲の持つ純粋な姿にひかれて、いくつかのピアノ編曲を書いたようです。それにしても、弦楽四重奏曲のピアノ編曲とは、随分な冒険をしたものだと思いました。
バラキレフとタウジッヒの編曲を見つけましたが、出来栄えから言えば、バラキレフの方が断然よいものと言えます。バラキレフの美点は、原曲に忠実であると言えましょう。一方でタウジッヒは、ピアノで弾くための様々な趣向を凝らしています。これ自体は感心すべき点ではありますが、許しがたいのは、真ん中後半に現れる主題の扱いです。シンコペーションをしながら現れる、星を散らしたような旋律は、その奇怪なリズムの配置から、私には現代音楽の走りのようにすら聞こえますが、内容は完全にロマン派のそれです。タウジッヒが目を付けたのは、旋律のロマン派的魅力であるように思われます。シンコペーションはアルペジオに置き換えられ、元々あった、ある種の、効果の上で重要な違和感を誘う音の配置が台無しになってしまっているのです。旋律美だけがあの部分の魅力ではあるまい、私にはこれが我慢ならないのです。その点バラキレフは、ピアノという楽器が、あのような音の配置がピアノ的ではないと知りながらも、そのままの形で提出しています。以下バラキレフ版の演奏。